JIMISEN × 座椅子JOPLIN、幻のV発見!!



・Jimisen (as Jimi Hendrix) – G.Jimisen / B.Ged Yoshinaga / Drs.Naoki Nagumo
・座椅子JOPLIN (as Janis Joplin) – Vo.Sammy

 


どもども、サミーです。

超懐かしいDVD見つけちゃったので
丸ごとYouTubeにあげちゃいました。

「Foxy Lady」の途中から
始まってますけど
そういう編集ではなくて
もともとのライブDVDが
いきなり曲の途中から
始まってるんですよね。

おそらくDuoの人が
ライブスタート時に
ビデオのボタン押すのを
忘れてたみたいですね。
(ライブハウスあるあるw)

それにしてもコレ、
VHSじゃなくてよかったです。

なんせ掘り起こし作業が
大変なので。

ってか、いまだに子供時代の
謎のベータとかたくさんあるし、、、。

もといw。

やはり、あの時代の
ライブものに関して言えば
個人的には映像も音声も
ライブハウスの固定カメラのものが
一番観やすいし聴きやすいですね。

当時のラインの音とかって
冷めるもんがありましたし。

それにカメラ何台も入って
勝手にアップ映像とかに
切り替えられちゃうと

後でVを確認した時に
違う!そうじゃない!!
今そこじゃないっっって
突っ込みたくなって
しまうんですよ。

まあ、演る側ってのは
ライブ会場に来ているお客さんとの
絶妙な距離感の中でバランスとりながら

その場にいる人たちと
いい空間を共有するために
色々と計算しているわけで。

というのも
かっこ悪い部分込み込みで
全てをありのままに
「ライブだから」って
受け入れられてもらえるように

ま、ある意味「逃げ」なのかも
しれませんけど、、、

、、、もといw。

そう、なんでわざわざ
余計な情報を与える必要が
あるのかなって。

だから、ライブに
テレビ番組の収録が入る時って
正直、憂鬱でしたね。

よっぽどセンスのいい
カメラワークでない限り
むやみやたらに
放送して欲しくないってゆーか。

プロならどこ切り取られても
大丈夫なようにしとけよ、って姿勢には
断固抗議したいですね。

ま、今で言うところの
YouTubeの切り抜き文化とかってのと
似てるかな。

一種のハラスメントだと
思うんですけどね。

ま、容認してる人多いですけどね。

ま、あんまり言うと
「老害」って言われてしまうので
この辺でやめときますけどね。

***


《Vの見どころ、その1》

ジミセンさんの
当時お約束だった
座椅子呼び込みのセリフが
よいですね。

ま、当時は
「アンビリーバブルな声で、、、」
とかって
登場前にハードルを上げられて
座椅子さんが必要以上に
声出さなくちゃいけなくて
かなり大変だったみたいでしたけどね。


ほんとですよー!!
ワタクシがポリープになったのは
ジミセンさんのこの呼び込みのせいです。

 


《Vの見どころ、その2》

座椅子さんが登場してから
歌い始めるまでの間
おそらく史上最高に長い時間が
流れてると思いまっするが

この時、別に皆サミを
焦らしていたわけでは
ないんですってよーーー!?


あ・・・

えっと、なかなか
マイクが見つからなかったそうなんです。


恥ず・・・

会場に向かって
ご挨拶パフォーマンスをしながら
さりげなく動き回ってマイクを探すも
どこにあるか分からず、、、

んで、結局ベースのヨッシーさんに
「マイク、どこ?」って
思いっきり尋ねてますよね。

 


いやー、ステージでサングラスなんか
かけるもんじゃないですよね、、、


《Vの見どころ、その3》

ヨッシーさんの
ストラップが外れ過ぎですね笑。

というわけで、おひサミぶりに
このシリーズのV観ましたが
見応えあります。

ま、それぞれ色々やらかしてますけど
ドラムの南雲さんの安定感に
助けられてる感じがします。

荒削りだけど勢いがあって
本家のそれっぽい感じが満載で。

ま、コンプラ対策のため
画面を暗く設定してますけどね〜

….

#TDLef23_vol.10:アドベンチャー

#TDLef23_vol.9 からのつづき

日本語カタカナで

「アドベンチャー」

って
検索すると

・冒険(adventure)
・冒険者(adventurer)

という
二つの「アドベンチャー」が
出てくるんですけど

AI翻訳さんの発音も
語尾の長さが
若干違ってる感じするので

一応、英語では別の言葉として
使い分けられてるもやう。

つまり

「デジモンアドベンチャー」

「アドベンチャー」

・冒険(adventure)

であって

「冒険者たちの戦い」

英語訳するならば

「Battle of Adventurers」

になるはず、、、と思って
調べたら

すでになってました笑。

Digimon Tamers: Battle of Adventurers
(英語版wikipedia)

って
何が言いたいかって

ワタクシ自身含め、先祖代々(笑)、

冒険者
adventurer

の多い家系なのかも・・・‼️

もとい。

そもそも、#TDLef23 は
エフコラ25周年とディズニー40周年の
コラボ企画なんですけど

そのディナーショーが開催されていたのは
ディズニーランドの中の
アドベンチャーランドだったなぁ・・・と
しみじみしていたら

そういえばデジモンの時も
デジモンアドベンチャーだったり
「冒険者たちの戦い」も
文字通り冒険もので

ことごとく
アドベンチャー
ってのが絡んでるなぁ・・・と

記憶があれこれ蘇ってきて
さらにしみじみしてみた次第です。

はい。

突然、サミません。

しみじみついでに、、、と言っては
なんなんですが

ご存知、ワタクシの初恋の君、
「ノッポさん」ですね。

そう、、、一昨年前にとうとう
天国行きのバスに乗られました。

ま、訃報を知ったのは
昨年の話ですけど。

ま、昨年も一昨年も
ことごとく
ワタクシの友人知人が
星になってしまった関係で

時系列があちこちして
ブログコメントが
追っ付かなかったってのも
あったんですが

特に「ノッポさん」の件に関しては
ご本人のご意向もあったとのことで

落ち着いた頃にさりげなく
その話に触れたいなと思いまして。

ええ、この #TDLef23 の最後の項で
そのタイミングを頂いたってことで。

そう、奇しくも
こういった文章を書く作業でもって
悲しみを紛らわすことができる、、、

、、、って大義名分も
あるんですけど、、ね。

はい、あくまでも
慌てず騒がず悲しまずに

ごくごく自然に
「死」というものを
受け止めればいいんですよね?

、、、ね?、、、ノッポさん。

 

もとい。

ディズニーオーディションに
受かってから
2ヶ月に及ぶ怒涛のリハーサルや
関連ショーの研修で
えらい大変な
日々だったんですけどね。

ー 略 ー

ショーが始まって
半年ぐらい
経った頃でしょうか。

いつものように
ショーの合間に控え室で
くつろいでいたんですね。

すると突然、センターランド
(ショーを取り仕切っている事務所)
のディレクター(当時)のM氏が
入ってこられたんです。

M氏はリハーサルの時にも
我々新参者の緊張を解きほぐすために
業界の色々なお話を
ふってくださったりして
場を和ませてくれてたんですけど

その時にやりとりした
「初恋の人がノッポさん」という
ワタクシのどーでもいい話(笑)を
覚えていてくれたらしく

その日、たまたま別の現場で
「トーキングドラム」を
演奏する仕事があったとのことで
それを持って
楽屋見舞いにきてくれた
というわけなんです。

というのも、M氏は元ドラマーで
その昔「できるかな」の中に登場する

(ノッポさんの横でぐほぐほ言っている)
ゴンタくんの声

(=これが実はトーキングドラムの音)


担当されていたとのことで。

はい。

M氏が目の前で
トーキングドラムを
かき鳴らし始めた時は
かなりの衝撃でした。

‼️

ええ、そう。

ワタクシのかつてのライバルだった(笑)
アイツ(=ゴンタくん)
の声、そのものでっっっ‼️

…‼️

 

ってことで

ノッポさん
こそ
ワタクシに多大なる影響を与えた
アドベンチャーワールドのパイオニアだった!!

ってオチで
一旦締めたいと思います。

ご清聴
ありがとうございました。

ひとまず

 

ひーちゃん, forever…

heath & sammy – てっちゃんスタジオ@白金 Rec.にて – 1998年4月6日

HEATHさん。

この写真は、「heath」さん名義(ソロ)の
アルバムレコーディングに参加させて頂いた時のものです。


「HEATH」という表記は X JAPAN のときに、
「heath」はソロ活動のときに、っていう風に
大文字と小文字を使い分けていたそうです。
普段は「ひーちゃん」って呼ばれてました。

そう、時期的にはちょうど
「Maria」の露出が一旦落ち着いて
エフコラのデビューが
決まったぐらいの頃ですかね。

 

はい、まさにこの頃です。

左からいしだ壱成さん、Sammy、アフロさん(撮影 by マチダさん)〜THE BIG BAND!!ライブ打ち上げ@新宿LIQUIDROOM – 1998年4月9日


LIQUIDROOMが恵比寿ではなく新宿歌舞伎町にあった頃に
THE BIG BAND!!のドラムのアフロさんとベースのマチダさんが
エフコラの2ndシングルのレコーディングに参加予定ということで
Sammyさんが
LIQUIDROOMにご挨拶に行った時の写真ですね。

 

はい、そうなんです。

リキッドルームの新宿時代には
「Bonnie Pink」さんや
「ミッチー(及川光博 氏)」さんなどの
ライブイベント(サポート業務)で
よくお世話になっておりました。

heathさんとは
以前、ここでもご紹介したことのある
青山骨董通りの隠れ家サロン的な
「Ojas」というお店・・・


*「Ojas」→「Sammy × 窪田晴男」的な。」参照。

 

・・・の常連だった(笑)、

「てっちゃん」
(=音楽プロデューサーの桜井鉄太郎 氏)

を介して
ご縁があったわけなんです。

*Rec.前その1:左からひーちゃん、サミー、てっちゃん。(てっちゃんスタジオ@白金)

ちなみにてっちゃんは、先述の
*「Ojas」→「Sammy × 窪田晴男」的な。」
中でも触れている、
幻の前座バンド「ツベルクリン」で
ブルースハープを吹いておられました。

 

当時、スタジオでもライブでも
ミュージシャン同士の初対面の時って
音楽の話はあえてしないという
暗黙のルールがあったのか・・・どうかは
分かりませんが

「heath」さんとの時も
そんな感じで

まずは軽くご挨拶をした後
それぞれの「名前」から
話を広げていくって
パターンだったと思います。

お互いに
「なんでヒースさんなんですか?」
「どうしてサミーさんなんですか?」

ってところから
始まって

「実は本名が、、、」って
展開になって

ってことは、二人とも
ひーちゃん なんですねっっっ‼️

、、、ってなところに着地した時
なんだかキュンとしました。

*Rec.前その2:左からひーちゃん、ひーちゃん、てっちゃん。(てっちゃんスタジオ@白金)


Rec.前その1、その2ともに、
写真のお顔がほぼ一緒のheathさん。
ブレない姿勢、、、さ、さすがです。

ちなみに、「ひーちゃん」の
この小文字と大文字の使い分け文化は

同じく X JAPAN の
「hide さん」の影響だったそうですが

このレコーディングのすぐ後
「hide さん」の訃報が飛び込んできたりして、、、

ー 略 ー

、、、「ひーちゃん」とはそれっきりに
なってしまいましたが。

 

 

 

 

ところで私は「hide さん」 とも
実はこの「Ojas」で出会ってるんですよね。

 

 

 

 

 

というのも、
私が恵比寿3丁目の交差点で
ひき逃げされた直後も
懲りずにライブを続行して

例の「座椅子ファルセット」が
完成したお店こそ
この「Ojas」だったわけなんです。

そして「hide さん」は
偶然にもこの日のライブに
「Ojas」に遊びに来ており、、、

…‼️

そう、つ、つまり、
「hide さん」は、
ワタクシの、あの、
「奇跡の瞬間」

に居合わせた

超、超、超、貴重な人物だったと
いうことになります。


後日談ですけど、
ジャニスとジミヘン好きのhideさんが
この日のライブに遊びに来られていたのは
単なる偶然ではなかったみたいです。

今頃「ひーちゃん」は
「hide さん」と出会えてるのかな。
一緒に音出したりしてるかな。

 

 

 

 



*諸事情でこの時のアルバムには入らなかった「Mind」という曲の歌詞です。
ご本人が最後まで歌詞の内容を迷っておられたみたいだったので、選曲の時に苦渋の決断をされたのではないかと。
妥協なき姿勢、、、やはり、さすがですね。