#sammy33 東京物語 ep.7:秋の気配



さて、ここで
またまたチェイサーです

 


どもども
座椅子JOPLINです

ってゆーか、、、

今年って何気に
本家のジャニス様の
没後55って
ご存じでした?


あー!!!そっかー!!
>>座椅子さん、ゾロ目情報あざーっす!!

 

 

>>座椅子さま、55周年おめでとうございま〜す!!

 

 

 


ん?ワタクシですか???
ご本家のゾロ目追悼なんですけど
、、、ま、いっか…w

 

 


(意味もなく)
わくわく‼️

 


あ、ちなみにワタクシが55歳って
ことじゃないですからねっっっ💦

ワタクシは永遠の27歳ですからね💦

 

 

 

….

うばじゅびんどもども〜!!
ubajubin デス🎵

 

やっとそんな季節になりましたネ!!
Topも懐かしの「もう半袖じゃサミー」に〜!!


わおー!!!そんな季節!!
>>ウバ殿、あざーっす!!

 

サミコからの秋曲は・・・

秋の気配(オフコース)フル / Sammy(*デモ音源集より)

*フジパ内の某スタジオにて録音(1996年)

 


どっひゃ〜〜〜!!!
激ナツ!!
>>サミコちゃん、あざ〜す笑

 

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ep.6 からのつづき)

結局のところ
あの”老けた高3男”


誰だったのかって
話なんですけど

実は
今だに判明してないんですよ

期待させてしまって
サミませぬ

 

か・・・確信犯‼️


余裕の想定済み(ほっこり)

 

もとい

もしあれが
夜勤中の話とかだったら

それこそ
オカルト系に持っていって
もうひと盛り上がり
できるんですけど

思いっきり
真昼間の出来事でしたからね

それにしっかり
足が2本付いてたわけだし

もとい(再)

ま、仮にあれが
老けた高校生でなかった場合
他に考えられるのは

ビル外部から
関係のないおっさんが
紛れ込んでただけじゃね?

ってのが
ワタクシの中での
有力説です

ご清聴
ありがとうございました 

 

はい

そんなこんなで
無事にその学習塾との契約が
満期終了したわけなんですけど

やっぱ貧乏性って
疲れるよね〜ってことで

楽しげな土日の珍バイトも
そろそろネタが尽きそうよね
ってタイミングで

しばらく
六本木(IBM)の通常運転に
集中して

花のOL生活を
満喫しに入ったんですよね

当時、IBMの本社は六本木にあって
ワタクシはそこの14階にあった
財務給与に在籍してたわけですが

IBMには(六本木の)本社とは別に
六本木ビルってのも存在してて
(ややこしや〜w)

その敷地の先には
当時のバブルの象徴でもあった
「六本木プリンス」が
続いていたんですよね

なので
トレンディドラマさながらの
肩パットスーツに身を纏った
IBM社員の方々が

迷わず
六プリのレストランで
一番高い「Aランチ」を
注文するのを横目に

「Bランチ」
(Aランチよりも若干リーズナブル)
担当の
契約社員の方々のテーブルに
しれっと混ざっていた

(社員でも契約社員でもない)
ただの
勤労学生のワタクシは

特に
社員様と契約社員様との
「バチバチの冷戦場」に
参入するもことなく

どんな会話も
右から左へ
左から右へと
(たまに上から下もw)
笑顔で聞き流し

ある意味
無責任な立場で

心の底から
その「花のOL生活」を
謳歌しておりました

そう、「ノンポリの精神」こそ
社会のあらゆる災いから身を守る
最強の防御策であるってことを
その時期に学んだわけですね

ま、「ノンポリは狙われる」
ってのも
一理ありますけどね

もとい
苦笑

そんなこんなで
1992年も
秋の気配がしてきた頃・・・


おお、うまいっ!!伏線回収!!!

あざす!

もとい、

そう、昔懐かしのゲルマン蛸壺氏
(当時湘南方面にいた鹿大サークルの先輩)
から連絡があって

ほんの一瞬
(2ヶ月弱ぐらい?)だけ

そのゲルマンさんがバンマスを務める
社会人バンドのボーカルとして
活動した時期もありましたが


ど〜も〜!!ゲルマンで〜っす!!
呼ばれて飛びでてジャジャジャジャーン!!!

 

(呼んではいないです笑)

 


>>あ、どもども、ゲルマンさん、
ごきげん麗しゅう!

 


ちょっと〜、サミーさんっ!!
そんな「ほんの一瞬」とかでなくて
もっと掘り下げてくださいよ〜〜〜!!
ボクの唯一のアピアランスチャンスなのに!!

 

 

あ、、、サミませぬ

でわでわ
先輩と言えど
忖度なしに
掘り下げます、、、以下(イカ)


イカ🦑でなくてタコ🐙ですから〜!!

 

そこは
スルーして
いいですかね?

 


大丈夫です〜!

 

えと、その
「湘南バンド(仮)」

の活動形態って正直
微妙だったじゃないですか

ってゆーか
そもそも

「社会人バンド」
とかって言い回しが

なんか余裕ぶっこいてて
感じ悪いじゃないですか


あいかわらず手厳しいっすね
ってか、もっと言って〜❤️
(元祖マゾ)

 

ええ、喜んで!
(MにはSで対応、MSどす)

もとい

なんだかんだで
学生時代って

損得勘定抜きに
ただただひたすらに
バンド活動してたってゆーか

ま、それが所謂
「青春時代」って
やつなのかもしれませんが

だから
「社会人バンド」
って響きが

保険かけてるってゆーか
なんかずるい感じがして

うひょ〜!!
もう一声〜❤️
(マゾ全開)

 

そう
潔くないなーってね

ま、当時
学生でも社会人でもなかった
ワタクシが今更言うのも
何なんだよって感じですけどね

それに正直
湘南方面に電車で通うのが
単にキツかったんですよ

そりゃ
平塚在住の皆サミにとっては

平塚フリースタジオで
水曜と土曜の毎週2回
夜8時から行われる
リハに参加必須っていう
バンド規定を守るのは
容易かったでしょうけど

 

まあまあハードでしたけど笑

 

でしょ〜!?

地元民にとっても
まあまあハードなわけで
苦笑

これって
損得勘定が芽生えはじめていた
ワタクシにとっては

れっきとした
ハラスメントの域だったんですよ


地方ハラスメント、、、

 

そう、つまり、

水曜日(平日)は
ワタクシ17時36分に
仕事を終えてから

満員電車を乗り換えて
えっさえっさと平塚へ

20時からのリハに
滑り込んで

23時まで
リハ頑張って

最終電車で
東京へ戻る

土曜日の場合は
多少余裕があるにせよ
結局夜の8時には
平塚に居ないといけないわけで
(実は軽く朝から軟禁状態)

ええ、そう、

週中で1回◯んで
土日も丸潰れで
回復を待たずして
また週中で◯んで、、、って

そんなもん
繰り返してたら

そりゃ当然
嫌になるっしょ!!


根性なし〜〜〜!!


アホか!!!!!
2ヶ月も続けてやったんじゃ、ボケ!!


ボケじゃなくて、タコで〜す!!


うっせ〜、タコ!!!

 

❤️

 

というわけで

>タコさん
こんなんでよいですか?

 

❤️❤️❤️


わー、タコちゃんさーん!!

❤️❤️❤️❤️❤️

 

 

 

 

 


・・・って
何の話でしたっけ

 

六プリのAランチのお話ですよ〜!!

 

でした!!笑

 

つづく

JIMISEN × 座椅子JOPLIN、幻のV発見!!



・Jimisen (as Jimi Hendrix) – G.Jimisen / B.Ged Yoshinaga / Drs.Naoki Nagumo
・座椅子JOPLIN (as Janis Joplin) – Vo.Sammy

 


どもども、サミーです。

超懐かしいDVD見つけちゃったので
丸ごとYouTubeにあげてもらいました。

「Foxy Lady」の途中から
始まってますけど
そういう編集ではなくて
もともとのライブDVDが
いきなり曲の途中から
始まってるんですよね。

おそらくDuoの人が
ライブスタート時に
ビデオのボタン押すのを
忘れてたみたいですね。
(ライブハウスあるあるw)

それにしてもコレ、
VHSじゃなくてよかったです。

なんせ掘り起こし作業が
大変なので。

ってか、いまだに子供時代の
謎のベータとかたくさんあるし、、、。

もといw。

やはり、あの時代の
ライブものに関して言えば
個人的には映像も音声も
ライブハウスの固定カメラのものが
一番観やすいし聴きやすいですね。

当時のラインの音とかって
冷めるもんがありましたし。

それにカメラ何台も入って
勝手にアップ映像とかに
切り替えられちゃうと

後でVを確認した時に
違う!そうじゃない!!
今そこじゃないっっって
突っ込みたくなって
しまうんですよ。

まあ、演る側ってのは
ライブ会場に来ているお客さんとの
絶妙な距離感の中でバランスとりながら

その場にいる人たちと
いい空間を共有するために
色々と計算しているわけで。

というのも
かっこ悪い部分込み込みで
全てをありのままに
「ライブだから」って
受け入れられてもらえるように

ま、ある意味「逃げ」なのかも
しれませんけど、、、

、、、もといw。

そう、なんでわざわざ
余計な情報を与える必要が
あるのかなって。

だから、ライブに
テレビ番組の収録が入る時って
正直、憂鬱でしたね。

よっぽどセンスのいい
カメラワークでない限り
むやみやたらに
放送して欲しくないってゆーか。

プロならどこ切り取られても
大丈夫なようにしとけよ、って姿勢には
断固抗議したいですね。

ま、今で言うところの
YouTubeの切り抜き文化とかってのと
似てるかな。

一種のハラスメントだと
思うんですけどね。

ま、容認してる人多いですけどね。

ま、あんまり言うと
「老害」って言われてしまうので
この辺でやめときますけどね。

***


《Vの見どころ、その1》

ジミセンさんの
当時お約束だった
座椅子呼び込みのセリフが
よいですね。

ま、当時は
「アンビリーバブルな声で、、、」
とかって
登場前にハードルを上げられて
座椅子さんが必要以上に
声出さなくちゃいけなくて
かなり大変だったみたいでしたけどね。


ほんとですよー!!
ワタクシがポリープになったのは
ジミセンさんのこの呼び込みのせいです。

 


《Vの見どころ、その2》

座椅子さんが登場してから
歌い始めるまでの間
おそらく史上最高に長い時間が
流れてると思いまっするが

この時、別に皆サミを
焦らしていたわけでは
ないんですってよーーー!?


あ・・・

えっと、なかなか
マイクが見つからなかったそうなんです。


恥ず・・・

会場に向かって
ご挨拶パフォーマンスをしながら
さりげなく動き回ってマイクを探すも
どこにあるか分からず、、、

んで、結局ベースのヨッシーさんに
「マイク、どこ?」って
思いっきり尋ねてますよね。

 


いやー、ステージでサングラスなんか
かけるもんじゃないですよね、、、


《Vの見どころ、その3》

ヨッシーさんの
ストラップが外れ過ぎですね笑。

というわけで、おひサミぶりに
このシリーズのV観ましたが
見応えあります。

ま、それぞれ色々やらかしてますけど
ドラムの南雲さんの安定感に
助けられてる感じがします。

荒削りだけど勢いがあって
本家のそれっぽい感じが満載で。

ま、コンプラ対策のため
画面を暗く設定してますけどね〜

….

ひーちゃん, forever…

heath & sammy – てっちゃんスタジオ@白金 Rec.にて – 1998年4月6日

HEATHさん。

この写真は、「heath」さん名義(ソロ)の
アルバム(その名も「Heath」)のレコーディングに
参加させて頂いた時のものです。


「HEATH」という表記は X JAPAN のときに、
「heath」はソロ活動のときに、っていう風に
大文字と小文字を使い分けていたそうです。
普段は「ひーちゃん」って呼ばれてました。

そう、時期的にはちょうど
「Maria」の露出が一旦落ち着いて
エフコラのデビューが
決まったぐらいの頃ですかね。

 

はい、まさにこの頃です。

左からいしだ壱成さん、Sammy、アフロさん(撮影 by マチダさん)〜THE BIG BAND!!ライブ打ち上げ@新宿LIQUIDROOM – 1998年4月9日


LIQUIDROOMが恵比寿ではなく新宿歌舞伎町にあった頃に
THE BIG BAND!!のドラムのアフロさんとベースのマチダさんが
エフコラの2ndシングルのレコーディングに参加予定ということで
Sammyさんが
LIQUIDROOMにご挨拶に行った時の写真ですね。

 

はい、そうなんです。

リキッドルームの新宿時代には
ライブイベント(コーラスサポート業務)で
よくお世話になっておりました。

heathさんとは
以前、ここでもご紹介したことのある
青山骨董通りの隠れ家サロン的な
「Ojas」というお店・・・


*「Ojas」→「Sammy × 窪田晴男」的な。」参照。

 

・・・の常連だった(笑)、

「てっちゃん」
(=音楽プロデューサーの桜井鉄太郎 氏)

を介して
ご縁があったわけなんです。

*Rec.前その1:左からひーちゃん、サミー、てっちゃん。(てっちゃんスタジオ@白金)

ちなみに「てっちゃん」さんは、先述の
*「Ojas」→「Sammy × 窪田晴男」的な。」
中でも触れている、ペニシリン
の前座バンド「ツベルクリン」で
ブルースハープを吹いておられましたよっっっ〜!!

 

当時、スタジオでもライブでも
ミュージシャン同士の初対面の時って
音楽の話はあえてしないという
暗黙のルールがあったのか・・・どうかは
分かりませんが

「heath」さんとの時も
そんな感じで

まずは軽くご挨拶をした後
それぞれの「名前」から
話を広げていくって
パターンだったと思います。

お互いに
「なんでヒースさんなんですか?」
「どうしてサミーさんなんですか?」

ってところから
始まって

「実は本名が、、、」って
展開になって

ってことは、二人とも
ひーちゃん なんですねっっっ‼️

、、、ってなところに着地した時
なんだかキュンとしました。

*Rec.前その2:左からひーちゃん、ひーちゃん、てっちゃん。(てっちゃんスタジオ@白金)


Rec.前その1、その2ともに、
写真のお顔がほぼ一緒のheathさん。
ブレない姿勢、、、さ、さすがです。

ちなみに、「ひーちゃん」の
この小文字と大文字の使い分け文化は

同じく X JAPAN の
「hide さん」の影響だったそうですが

このレコーディングのすぐ後
「hide さん」の訃報が飛び込んできたりして、、、

ー 略 ー

、、、「ひーちゃん」とはそれっきりに
なってしまいましたが。

 

 

 

 

ところで私は「hide さん」 とも
実はこの「Ojas」で出会ってるんですよね。

 

 

 

 

 

というのも、
私が恵比寿3丁目の交差点で
ひき逃げされた直後も
懲りずにライブを続行して

例の「座椅子ファルセット」が
完成したお店こそ
この「Ojas」だったわけなんです。

そして「hide さん」は
偶然にもこの日のライブに
「Ojas」に遊びに来ており、、、

…‼️

そう、つ、つまり、
「hide さん」は、
ワタクシの、あの、
「奇跡の瞬間」

に居合わせた

超、超、超、貴重な人物だったと
いうことになります。


後日談ですけど、
ジャニスとジミヘン好きのhideさんが
この日のライブに遊びに来られていたのは
単なる偶然ではなかったみたいです。

今頃「ひーちゃん」は
「hide さん」と出会えてるのかな。
一緒に音出したりしてるかな。

 

 

 

 



*諸事情でこの時のアルバムには入らなかった「Mind」という曲の歌詞です。
ご本人が最後まで歌詞の内容を迷っておられたみたいだったので、選曲の時に苦渋の決断をされたのではないかと。
妥協なき姿勢、、、やはり、さすがですね。