

heath & sammy – てっちゃんスタジオ@白金 Rec.にて – 1998年4月6日

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HEATHさん。
この写真は、「heath」さん名義(ソロ)の
アルバム(その名も「Heath」)のレコーディングに
参加させて頂いた時のものです。
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「HEATH」という表記は X JAPAN のときに、
「heath」はソロ活動のときに、っていう風に
大文字と小文字を使い分けていたそうです。
普段は「ひーちゃん」って呼ばれてました。
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そう、時期的にはちょうど
「Maria」の露出が一旦落ち着いて
エフコラのデビューが
決まったぐらいの頃ですかね。
はい、まさにこの頃です。

左からいしだ壱成さん、Sammy、アフロさん(撮影 by マチダさん)〜THE BIG BAND!!ライブ打ち上げ@新宿LIQUIDROOM – 1998年4月9日

LIQUIDROOMが恵比寿ではなく新宿歌舞伎町にあった頃に
THE BIG BAND!!のドラムのアフロさんとベースのマチダさんが
エフコラの2ndシングルのレコーディングに参加予定ということで
SammyさんがLIQUIDROOMにご挨拶に行った時の写真ですね。
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はい、そうなんです。
リキッドルームの新宿時代には
ライブイベント(コーラスサポート業務)で
よくお世話になっておりました。
「heath」さんとは
以前、ここでもご紹介したことのある
青山骨董通りの隠れ家サロン的な
「Ojas」というお店・・・
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*「Ojas」→「Sammy × 窪田晴男」的な。」参照。
・・・の常連だった(笑)、
「てっちゃん」
(=音楽プロデューサーの桜井鉄太郎 氏)
を介して
ご縁があったわけなんです。
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*Rec.前その1:左からひーちゃん、サミー、てっちゃん。(てっちゃんスタジオ@白金)
ちなみに「てっちゃん」さんは、先述の
*「Ojas」→「Sammy × 窪田晴男」的な。」の
中でも触れている、ペニシリンの前座バンド「ツベルクリン」で
ブルースハープを吹いておられましたよっっっ〜!!
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当時、スタジオでもライブでも
ミュージシャン同士の初対面の時って
音楽の話はあえてしないという
暗黙のルールがあったのか・・・どうかは
分かりませんが
「heath」さんとの時も
そんな感じで
まずは軽くご挨拶をした後
それぞれの「名前」から
話を広げていくって
パターンだったと思います。
お互いに
「なんでヒースさんなんですか?」
「どうしてサミーさんなんですか?」
ってところから
始まって
「実は本名が、、、」って
展開になって
ってことは、二人とも
ひーちゃん なんですねっっっ‼️
、、、ってなところに着地した時
なんだかキュンとしました。
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*Rec.前その2:左からひーちゃん、ひーちゃん、てっちゃん。(てっちゃんスタジオ@白金)
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Rec.前その1、その2ともに、
写真のお顔がほぼ一緒のheathさん。
ブレない姿勢、、、さ、さすがです。
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ちなみに、「ひーちゃん」の
この小文字と大文字の使い分け文化は
同じく X JAPAN の
「hide さん」の影響だったそうですが
このレコーディングのすぐ後
「hide さん」の訃報が飛び込んできたりして、、、
ー 略 ー
、、、「ひーちゃん」とはそれっきりに
なってしまいましたが。
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ところで私は「hide さん」 とも
実はこの「Ojas」で出会ってるんですよね。
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というのも、
私が恵比寿3丁目の交差点で
ひき逃げされた直後も
懲りずにライブを続行して
例の「座椅子ファルセット」が
完成したお店こそ
この「Ojas」だったわけなんです。
そして「hide さん」は
偶然にもこの日のライブに
「Ojas」に遊びに来ており、、、
…‼️
そう、つ、つまり、
「hide さん」は、
ワタクシの、あの、
「奇跡の瞬間」![]()
に居合わせた
超、超、超、貴重な人物だったと
いうことになります。
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後日談ですけど、
ジャニスとジミヘン好きのhideさんが
この日のライブに遊びに来られていたのは
単なる偶然ではなかったみたいです。

今頃「ひーちゃん」は
「hide さん」と出会えてるのかな。
一緒に音出したりしてるかな。
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*諸事情でこの時のアルバムには入らなかった「Mind」という曲の歌詞です。
ご本人が最後まで歌詞の内容を迷っておられたみたいだったので、選曲の時に苦渋の決断をされたのではないかと。
妥協なき姿勢、、、やはり、さすがですね。
