東京サミコ、帰ってこいや〜!か〜ら〜の角倉稲荷神社。


(*写真左からVo,Gt 本園太郎、Ba 本杉光司、Vo 東京サミコ、Drs 田中徹、Gt 宍倉聖悟、、、
、、、▼▽▼ Key 鳥居克成)

 

*タローちゃん企画 銀座’80ライブ(8/9)より「帰ってこいよ / 東京サミコ」ラスト部w。

うばうば館
はいっ!
暑中御見舞い申し上げ候っ。

80年代曲集銀座ライブ
おつかれサミでしたっ!!

ヤバかったですっ。
超楽しかったですっ!!

ってか、ひサミぶりに
ものごっつぅ
大声出しましたよ?!

いやーーーっ、この時代の邦楽、
キーがべらぼうに高しっ!

今回は特に
地声ロングハイトーンの多い選曲だったので、
耳の穴や毛穴、、、そう、全身の穴という穴がワジワジしてます。
(*下ネタではありませんっw)

あ、今回の三味線曲ではバチは粉雪にならずにすみましたっ!
(*代わりに駒が演奏中に行方不明になりましたっ^^;;;;;;;;)

いやはや、ほんとに日々是精進ですね〜!

ところで、この時代って
「歌い上げる文化」ってのが確かにありましたよね?

歌手、作詞者、作曲者、編曲者ってのが
くっきり分かれてたからでしょーか。

歌手は心置きなく
歌うことに集中してた時代ってゆーか。

そう、今回のセッションはそんなそれぞれの分野の
プロフェッショナルな諸先輩の方々に敬意を表しながら、

そりゃもう、1曲1曲至極丁寧に、
(あ、普段のライブが雑ってわけじゃないですよーっw)

なんか、力の入れどころが違うってゆーか
(*これも下ネタではありませんっwww)

えっと、まるでカラオケ大会の審査員で呼ばれた後に
ゲスト出演で歌う時のような気持ちってのに近い(…?w)、、、

、、、そんな厳粛な感じで臨んでみましたっ!

なんにせよ、この辺りの楽曲たちを
バンドで歌わせてもらえる機会なんて
タローちゃんセッション以外では
まずないので笑っ!!!

今回もいろんな発見があって
楽しかったですっ!

>>タロちゃん、お誘い感謝っ!

そして、>>安心と信頼のメンバーの皆様!
ほんとーーーにおつかれサミでしたっっ!!

そしてそして、>>暑い中足を運んでくださった皆様、
ありがとうございましたっっっ!
これに懲りずに、またよろしくです(笑)!!

・・・と
その足で京都へトンボり、、、

・・・で
すぐに東京へトンボり、、、


はい。
帰ってきました、東京にw。

ええ。
無事に戻ってこれて
よかったです。

とりいそぎ、以下、角倉研究の続きです。

ミツエの角倉稲荷神社

さて、京都嵐山にひっそりと佇む
角倉稲荷神社。

実は今回ちょっと
胸を痛める光景が
目の前に。

そう、なんと神社の真ん前に
古紙の山が・・・!!

パッと見
神社がゴミ捨て場に〜?!

恐る恐る
近づいてみると、、、

なんと神殿に直で
古紙回収所の看板が
貼り付けられてるっ!!

・・・すごーく複雑。

そして
神社の裏手側に
やはりひっそりと佇む
「安倍晴明」さんのお墓。

角倉稲荷神社の裏にある安倍晴明のお墓

訪京のたびに
どこが管理をしているのか
周辺の住民の方々や
関係者(と思われる方々)に
たずね回ってみてはいるのですが

どなたも
ご存知ではない、、、と。

 


ちなみに前回も

二条城関係の事務局の方々に
お聞きしてみたのですが
やはり何の情報も
得られませんでした。

つまり「角倉稲荷神社」も
「安倍晴明さんのお墓」も

現在、管理をされる方が
誰もいらっしゃらない・・・

うーむぅ、、、。

ってか、
了以さん没後400年式典の時に
比叡山延暦寺
(*前年祭は清水寺で開催)
に、全国から集まっていた
あの大勢の関係者の皆サミは
どこに消えたのだ・・・?!

 

では、何度も言いますが、、、

帰ってこいや〜!!

by ミツエ。

なんつーてなんつーて。

でわでわ、おあとがよろしーよーでっ!

 


「東京サミコ」@車折神社(京都府京都市右京区嵯峨朝日町23)

 

うばうば館
*「東京サミコ、高瀬川二下ル」につづく!!
(何かと作業が遅れててサミませんっ!!)
今回、有馬側の「寺田屋」にも足を延ばしてきましたよ〜!
(シノブが焼きもちを焼くのでwww)

まだまだ、あちぃけどサミーより

東京サミコ、元離宮二条城ヘ入ル。

どもども
赤サミコですっ!

 

あら、赤いのもいたんですのね?


どうやら赤サミコ、黒サミコって
ツインキャラみたいですよっ?


・・・裏サミコってのもいたりして???


いい質問ですねぇっ♪

 

フジコならぬ東京サミコ・モデルあら、呼びまして?

 


・・・じゅるっ。

あ、ところで!ストーンズ展行ってきましたよーっ!!
GW京都イベント終わってすぐモルジブに飛んだので
今回のは行くの諦めてたんですけどね。
(期間延長あざーーーす!www)

それもこれもマリアンヌさんのおかげですっ!(←謎;)

 


キャラの交通渋滞や〜〜〜っ!!

 


・・・。


なんだかサミコさんの宇宙学って
奥が深いんですのねぇ。

 

もとい。
(サミませんっwww)

えっと、
黒サミコ赤サミコが
さりげなく手にしているのは
ご存知フジコちゃんモデルの
ワルサー!!(・・・のおもちゃw)で

フジコならぬ東京サミコ・モデル


ってかフジコちゃんのモデルが
←マリアンヌさんなんどすて。


なるほどなるほど。


*以下、内容のないハセオ・ワルサー通信からの・・・!!


⭐︎東京サミコ@ソウル明洞実弾射撃場より愛を込めて⭐︎

 


のっけから、長〜いフリで
大変申し訳アリマせんっ!

今回の京都は
思いのほか採れ高もよく、、、w


(・・・の前に、、、)
この度素朴な疑問が解明しましたっ!!


ひらがなの「へ」と
カタカナの「ヘ」って
微妙に違うんですってっ!!

どうやらカタカナは
漢字から来ているので
若干角ばってるらしいデス

あと、漢字の「二」と
カタカナの「ニ」も
違うみたいですね。

 


あらためまして
マグダラの有馬ですっ!

 

(えーーーーんっっっ(>、<)っっっ!)
今回は「角倉(すみのくら)」の番じゃないのー???

 

・・・しつこいのはお好き?

 

 

シノブさん、ごめんなサミ、
ミツエさん、お待たせしました!

 

「東京サミコ、元離宮二条城ヘ入ル。」

始まり始まり〜〜〜!!

 


これは京都の二条城の敷地内の
清流園について書かれた立札です。

そう、読んでびっくり・・・!!
ぬぁーんと!!

この清流園て
我らが「角倉家」ゆかりの
庭園なんどすて・・・!!

ぬぉっ?!

日本庭園といえば
寅太ひぃじぃの管轄じゃないですかっ。

寅太ひぃじぃ→

呼んだかの?

←シノブ

いえーい!!


だから〜〜〜っ!!
今回はシノブ(有馬)じゃなくて
ミツエ(角倉)がメインですからっ!!

 

なんにしてもやはり、、、

 

シノブ♂

ミツエ♀

、、、たちが
ひっついたのは

この辺りの因縁が
関係している・・・っ!?

 


もといw

はい、江戸幕府の始まりとともに
最初と最後のあれこれを
きっちり担当していた二条城。

特に幕末の事情から察するに

恐れ多くも
そんなこんなな二条城側には

薩摩女のサミコなど
到底ウェルカムされないのではないかと
入城を敬遠しておりましたが・・・

でも、ま、我らが天璋院さまは
そもそもが慶喜さま推しっ!だったわけで。

あの時代って
もはや誰が敵で誰が味方かなど
本人にしか分からない
(本人ですら分からないw)

っちゅーわけで

角倉了以研究会より
この度ご縁をいただきまして

恐れ多くも
二条城内部探索係という大役を
仰せつかりました〜〜〜っ!!

ええ、そう。

なんせ炎天下の下で
途中から屋外だったんです。

でも、使命感に燃えつつ
ひたすらてくてく、、、、

、、、って、あれ?
清流園ってどこよっ!!!

二条城Mapを見ても
おそらくこの辺のはず・・・?

、、、、、

すると音声ガイド21のあたりで
とある涼しげな茶屋を発見しまして。

吸い込まれるように中へ。


和楽庵

 

そこで、ぬるーーーーーーーーーーーい「ほうじ茶」と
あまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい「ゼンザイ」を
いただきました。

ちなみにこのゼンザイ、疲れた体に染み入る甘さでした。
通常はおそらく虫歯に染み入る類のやつですよ!
おーっほっほっほwww

 

 

 

 

そして、ふと辺りを見渡せば
そのへん一帯が「清流園」だったというわけです。
(灯台元暗しw)

 


何はともあれ
「清流園」の庭園の一部を披露いたします。

 

つづく。

薩摩有馬 VS 京都角倉《デジャ部》


いやぁ、西郷(せご)どん、
どっかーんと始まりましたネ♪

やはり大河ドラマは
幕末時代が盛り上がりマス〜!!


ー ところで沢村一樹サンはさすがは薩摩出身ですネ
カゴンマ弁がわっぜぇうまかど〜っ!w
「翔ぶが如く」のときの坂上二郎サンを彷彿とさせるような
ごくごく自然なセリフまわしなので
聞いてて自然と顔がにやけマスw

 

んと、何の話でしたっけ、、、ジュルッ

あ、幕末時代の大河ドラマが
盛り上がるって話デス

なんてったって、

「薩摩」「京都」がいっぱい登場するのでっっっ!!

 

というわけで、デジャ部ってみました!

薩摩有馬 VS 京都角倉《デジャ部》


シノブとミツエは元気ですかっ
相変わらずラブラブですかっ


ども〜!おひサミぶりですっ♪

デジャ部、あざーーーっす!!
by (がん)ばるサミ子。


〜もろもろの復習は以下よりどぞ!!
(*「Sammyのうばじゅ便」記事参照)
・薩摩有馬 VS 京都角倉《前編》
・薩摩有馬 VS 京都角倉《後編》

 

ま、コチラの研究に関しましては
幕末というよりは大正ロマン系、、、

、、、かと思いきや、なんのなんの、


《*これが噂の「シノブの家系図」の最上部デス》

 

大正、幕末を軽く通り越して江戸時代初期、、、
さらには、飛鳥時代にまでどんどんさかのぼり、、、

さかのぼり過ぎて
一瞬、地球が生まれる前の
ビックバン時代とかにまで
迷いこんでしまいましたが、、、あはは。

 

(*ワタクシ研究の途中でよく脱線するんですよねー^^;)
なんだか妙に地球がいとおしくなって地球儀を買いに出かけたり、、、

突然エビに会いたくなってに出向いたり、、、、、、
(↑↑↑)紛らわしくてサミませんっ。
(*そう、24ptぐらいまででっかくしないとバとパの区別がつかないもやう。

、、、UFOが現れるという噂の地に出向いて天体観測のデータ録りに勤しむなど、、、

「これからひとりで富士山に登りマス宣言」
@箱根駅ホーム
記者会見

、、、直後の一枚。

、、、しばらく宇宙界隈浮遊したりしましたが、


なんとか無事に「地球」に戻ってきました、まる

 

もとい、

ま、てっとり早い話が、

ー 歴史って繰り返すよね〜?!

ってことで、たいがいのことは
説明はつくんでしょうけど

そんな簡単にかたづけても
ぜんぜん面白くな〜い!!!

っつーわけで、せっかくなので
ご先祖様から代々受け継がれてきてる
いいもん悪いもんも、、、
(つまりは財産も借金も….)

そう、全てを受け入れる覚悟で
(大事大事w)

気の向くままそそられるまま
家系調査を続けて早3、4年、、、???
(5年???…ま、いっかw)

、、、ええ、そうなんデス

かなり無理矢理なシノブの主張


まんざらでもなきにしもあらずんば、、、

っちゅーわけで、

歴史好きが功を奏して
もろもろぬるりと佳境デス〜!!

 

えっと、、、

シノブサイドの「寅太ひぃじぃの日本庭園探し」に関しましては、
カルフォルニアのサンマリノ地区にある

ハンティントン図書館」
The Huntington Library, Art Collections, and Botanical Gardens

、、、なるものに目星をつけて
なんと JTB USA さんのご協力のもと
現在本格的に調査中デス〜!!

 

 

あ、ミツエサイドの方は、、、
(↓)

*fbページ*
「角倉了以とその子素庵を大河ドラマにする会」

、、、なるものにも入会して

>>管理人さま、
>>>完全に幽霊部員でサミませ〜んっ!!
(なんせfacebookじたいかなり放置してるので….zzz)

 

*「了以さん」の偉業凡業を目下おさらい中なのデス…

《*サミ子のおさらいトピック》

角倉家(角倉稲荷神社)と安倍家(安倍晴明のお墓)の関わりとは?
・安倍晴明と藤原(中臣)鎌足の関わりとは?

つまり、この2つのざっくり壮大なテーマを掲げつつ
家系図やらgoogleやらを駆使してある程度の目星を付け

京都嵐山地区ゆかりマップ 京都市内のゆかりマップ

日本各地(京都、奈良、有馬温泉、和歌山、長崎、鹿児島)や
世界各地(主にカルフォルニア方面)に用事ができたときに延泊して
もろもろのゆかりの現場に赴いて細か〜くしつこ〜くねちっこ〜く

 

ー 呼んでません。

(もとい。)

、、、調べまくることで

”有馬(藤原)忍”  VS  ”角倉ミツエ”

因縁 解明させてみよう企画〜〜〜!!

、、、というわけなんデス。

(*できれば平成のうちに、、、、が目標デス!)

ね?わくわくするでしょwwwむふふのふ。

 

大悲閣山 千光寺
か〜以よ〜!ひさみちゃ〜ん!!
by 了….
むふふのふ。

ウババババ………

もとい。

今回は薩摩側、、、ええ、そう、
シノブ」サイドの方に
焦点をしぼってみたいと思いマス〜!!

なのでミツエさん、ちょっと待っててね

(*忖度って大変だにゃー!!)ボソッ….



なんちな?どっちでんよかたっがwww

**************************************************************************************

でわでわ〜♪

まずは、シノブ家系図に登場する
御仁たちを以下へピックアップ。
(*イラストはサミ子の想像でごあすw)

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  1 有馬忍     有馬寅太    有馬友助      有馬善左衛門
  (サミ子のじぃ)          (サミ子のひぃじぃ)     (サミ子のひぃひぃじぃ)  (サミ子のひぃひぃひぃじぃ)
大正7年(1918年)
7月23日生まれ
明治16年(1883年)
4月15日生まれ
嘉永4年(1851年)
(弘化4年という説も
生まれ
 文政4年(1821年)
生まれ
武士名:藤原高次
幼名:千代吉
武士名:藤原高正
幼名:千代助
武士名:藤原高堅
幼名:善太郎善助仁左衛門
平成26年(2014年)
1月10日(享年97歳)没
昭和30年(1955年)
11月12日(享年72歳)没
明治37年(1904年)
12月9日(享年53歳)没

文久3年1863年没

を含め「有馬家家系図〜鎌足から忍まで」と「有馬寅太の戸籍謄本」等を解読中デス。
また南洲神社にも調査員を派遣してある重要な事実を突き止め候。しばしお待ちくだサミ〜!

 

 

 

〜つづく。

 

 

 

私事で大変恐縮では有馬すが、喪中につき年末年始のご挨拶をご遠慮申し上げます

IMG_0191

 祖父 有馬忍 が平成二十六年一月十日に九十七歳で永眠いたしました

  本年中に皆様より賜りましたご厚情を深謝いたします
  時節柄くれぐれもご自愛の程お祈り申し上げます

                                  平成二十六年十二月shinobu

 

shinobu_san【シノブとミツエにつつまれて/1985年春/甲南高校入学式】
(*写真=左から祖父のシノブ、15歳のサミー、そして祖母のミツエと猫の2代目トミー)

 

sammys

祖父が亡くなりました

私の思春期のあたりの
一番難しい時期の面倒をみてくれた人です

 

【異国の街では’98 / ef collage】完全版

 

祖父への哀悼の意を込めて
昨年10月に配信リリースした

「異国の街では’98」のPVを
YouTubeに公開しました

(*音源は1998年のときのものでエフコラのデビュー15周年のときに映像を作成しました。)

この曲の歌詞は
実は「シノブとミツエ」のもとを離れて

異国の地(イギリス)へ独り旅立って
ホームシックになったときの心情をベースにして
書いたものなのです

 

 

FullSizeRender

ー じーちゃん、やっとばーちゃんのそばに行けたねぇ
天国でまた仲良く喧嘩してね
トミーにも会えたかな、、、

 

 

追記:

明けて2日23時15分より、NHK「ロング・グッドバイ」

リミテッド・エディションが放送されます。

劇中歌の補作詞、歌唱指導等で
ワタクシめもちょっとだけ貢献してるのですが

実は、NHKのスタジオで歌詞の直し中に、

「シノブ」IMG_2102-1024x764の訃報を受けまして、、、

その足で鹿児島に飛びまして、、、

そしていろんな意味での
“ロング・グッドバイ”について考えさせられて

帰りの飛行機の中で歌詞を完成させることが出来たんですよね

そんな”ロング・グッドバイ”が
果たしてどんな感じで110分という尺に
収められているのか大変
興味深いです。

 

薩摩有馬 VS 京都角倉《後編》

IMG_0245

はい。ごきげんうるわしゅう。
スキあらばバリでお馴染み(?)の
ヒサミです。

 

IMG_0188

はてさて、バリのホテルで出迎えてくれた
奇妙な木彫りの物体、、、

ナンダナンダ…?!

ええ。近づいてみると・・・

IMG_0190

 

 

 

 

 

わおーっ。

 

シノブミツエ、
はけーーーんっ(笑)!!

 

 

もとい。

最近いろんなツガイものが
全部シノブとミツエに見えてきます。

IMG_0459

 

 

お。
再びw。


w
シノブとミツエ
症候群

 

というわけで、

シノブ VS ミツエ《後編》!!
(↑)いつの間にかタイトルが変わってますが

はじまりはじまり〜♪

****************************************************************
IMG_2102-1024x764
【シノブ=じーちゃん】

はい。
今年の1月に天国へ旅立ったシノブさん。
とても印象深いタイミングでした。

というのも「ロング・グッドバイ」の
まさに「歌詞のお直し期間」の真っ最中に
シノブさんの訃報が届きまして。

・・・そうなんです。

映画版のDVDを観たり
原作本を読んだりして
歌詞の世界観をあれこれ
試行錯誤していた頃ですよ。

しかも、シノブさん崩御を含め
年末年始は友人知人が相次いで
天国に旅立ってしまったという
事実も重なり、、、

 

実はちょっと意識してしまったんですよね。
「死」というものを。

『ロング・グッドバイ=長いお別れ』
というのは
「長い間会わないこと」という意味よりも
ずばり「永遠のお別れ」、、、

つまり、

「死」というニュアンスに
もっと重きを置くべきなのではと
思ってみたり。

 

とにもかくにも
飛行機を降り立って
シノブさんのお通夜へ。

そしてお葬式のあと
納骨をしに
日置市伊集院にある
有馬家のお墓へ。

ちなみに敷地内に幼稚園があるんですが

園児の皆サミはお墓がこんなに近くにあって怖くないのかしら・・・

 

・・・なんてなことを感じながらも
シノブさんのお骨をミツエさんのもとへ。

 

あれ?ちょ、ちょ、ちょっと待って。

「永遠の別れ」となるはずの
「長いお別れ」からの
「出会い」アゲイン、、、?

 

ふがぁぁぁ???
んんん。混乱しましたよ。

 

– 少なくともシノブとミツエは結局お墓の中で再会・・・。

ううむ。

謎。

 

ワタクシここにきて
なんだかとてつもなく
壮大なテーマを
叩き付けられているのでは・・・?!

「死後の世界」とか、、、

あるいは「生前の世界」☆

・・・なんてなことを
思ったとか思わなかったとか。

************************************************************************************************

IMG_2105
【ミツエ=ヒサミのばーちゃん】

ってなわけで、話はちょうど1年前の
初夏(5月初旬)頃にさかのぼりますが。

大阪へ行く用事があったヒサミは
日帰りを1泊に変えて
京都へ足を延ばしてみました。

というのも、ミツエ崩御の後、
妙に「角倉」という響きが
気になっていたからです。

 

というわけで、京都「嵯峨嵐山」へ。

IMG_1246

 

IMG_1229

 

 

 

 

 

 

 

 

 

京都の嵯峨嵐山駅から
少し歩いたところに
ひっそりと佇む

『角倉町』バス停。

 

おぉ。
なんかちょっと感動です。

 

 

と、バス停の向こうには了以さんが私財で開削したという桂川が・・・

IMG_1234

あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

シノブとミツエがぁぁぁ!!

 

もとい。
道路を挟んでバス停の反対側へ渡ると、、、
IMG_1237

「花のいえ」・・・?

おっと。休憩所ですかね?なんだか宿っぽい・・・???
何やら江戸時代のお屋敷の雰囲気・・・

というわけで、中へお邪魔してみたら
角倉了以さんの舟番所兼邸跡、、、!!

おぉ。

幸先が良いですね。
いきなり「角倉」をはけーーーんするとは!

なんだか妙に盛り上がってまいりました。

・・・というわけで、
許可をいただいてお庭を拝見。

IMG_1240 IMG_1241IMG_1239
IMG_1244

ヤムヤム。ごちそうサミでした

そして
この近所に「角倉神社」なるものが存在すると
教えていただいたので

再びてくてく・・・

 

・・・とと、嵯峨嵐山駅が見え・・・
・・・てきたということは
行き過ぎたみたいですねw。

戻りましょう・・・
2013051012460000.jpg

 

 

 

 

ちょっと疲れたので
薔薇の喫茶店でひと休み。

 

 

で、探しましょう…てくてく…..

 

2013051013030001.jpg

おっと、ここにも
「すみのくら」はけーーーん。

・・・しつつ路地を奥に入って、、、

おぉぉぉぉ、
うわさの 角倉神社
はけーーーーーんっっっ!!

ふむふむ。
角倉神社はお稲荷さんみたいです。
(*以降テキストのみでお伝えしマス)

ー 白狐さん、はじめまして。ミツエの孫のヒサミでございます。

・・・的なご挨拶を。

すると白狐さんから、

ー あ〜ら。コーンにちは。よく来たわね〜!!ま、ゆっくりしていってよ。

・・・的な返事が返ってきたとか来ないとか。

もとい。

敷地内にはブランコが・・・?
特にさびれた感じはないですけど、
周りには人っ子一人おらず。

で、裏手に回ると・・・。

え?
はい。・・・なんでか分かりませんが
安倍晴明さんのお墓
はけーーーーーんっっっ!!!!

ってゆーか、なんで
安倍晴明さんのお墓がこんなとこに・・・?!

ナンデナンデ…?!

晴明神社は京都の街中に存在するはずなんですけど
なんで晴明さんのお墓がここにあるのか、
そしてなんで
「角倉神社」の裏手に、、、!?

(再)。

そんな謎をかかえたまま、
とりあえずてくてくもとの道に戻り・・・

すると途中にカーネーションが立ち並ぶ
お花屋さんをはけーーーん!!

 

そーなんです。
すっかり忘れておりましたが、

もーすぐ 母の日でした。

 

というわけで、

ミツエの娘でもある母へギフトするべく
カーネーションの鉢を購入。

宅急便の住所等記入しつつ
「角倉家」と「安倍晴明」の関連について
お花屋さんに尋ねてみたのですが
残念ながら解明されず・・・

でも、代わりにものスゴい情報が!!

なんと今年は、

角倉了以さんの
没後400年の年にあたるらしく!?

、、、で、なんと
7月7日に比叡山延暦寺で

「角倉了以」没後400年の
大法要が執り行われるらしいっっっ!!

うぉぉぉぉ!!!

399年の式典は前年(2012年)に
清水寺ですでに執り行われていたそうな!!

 ぬあんと(@@)☆

・・・というわけで、

そのお花屋さんによると、
実はまさにその頃、
角倉宗家の第17代当主の
「角倉吾郎」さんというお方が
全国に散らばる角倉子孫たちに
声をかけていらっしゃるっ!!
というお話で。

わーお。

・・・というわけで、
そんなタイミングで
京都に引き寄せられたのも
ミツエのしわざだな
確信したヒサミは

京都宿泊をもう1泊のばして
たぶんミツエゆかりの
スポット巡りをしたわけなのでした。

IMG_1315 IMG_1314  IMG_1321 IMG_1305  IMG_1303 IMG_1302   IMG_1252  IMG_1254 IMG_1249 IMG_1247  IMG_1320 IMG_1325 IMG_1313  IMG_1297 IMG_1298

 

IMG_1329

あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

シノブとミツエがぁぁぁ!!


 もうええっちゅーにw

もとい。

もしかしたら
ミツエは天国へ逝く前に一度
京都を旅したかったんではないかと。

そう、たぶんシノブと二人で。

 

****************************************************

その後、東京に戻って角倉さんに
連絡をとってみたところ

大法要の申し込みの締め切り日は
とっくに過ぎていたんですけど
特別に400年の大法要へ
出席させていただくことができたのです。

なんだかとっても厳かで
あたたかな気持ちになりました。

、、、じんわり感動。

 

誰かの400年忌大法要に参加するなんて
生きてる間にそうそう体験することなんか
できませんもの。

ましてや自分のご先祖様の・・・。

まさに歴史的瞬間・・・!!

大法要のあとの角倉会において
おくらばせながら
「角倉了以」さんについて
学ばせていただきました。

 

カキカキ…

あ、ちなみに角倉家安倍晴明の謎は
ご当主もご存知でなかったみたいデス。
(今後の研究にご期待くだサミ。)

 

ま、分からないから余計に
そそられるんでしょうけどwww

haikarasan

というわけで、後編、一旦おわり。

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IMG_2524s
*うば追記*

「京都の豪商・角倉了以を題材にした
アニメ映画が製作へ!2014年公開を予定」
http://www.cinematoday.jp/page/N0042672

上記の件、動きがないので虫プロダクションに問い合わせてみたところ
2014年の完成は送られるとのこと、、、うーん、残念!!

今後に期待します!!!
かしこ。

************************************************************************************************

 

薩摩有馬 VS 京都角倉、中間報告。

St.Valentine’s Day 2014 by ubajubin –

uba5

 

 

 

バレンタインデーまでに
後編をまとめようと
もくろんでたのですが

あの、、、、、
正直に申し上げますと…

 

 

サミません。
間に合いませんでした。

(汗;;;;;)っっっ!!

 

(締め切りがある方をついつい優先してしまウマ、、、(><)え〜ん。)

 

 

いやん、ごめんなサミ…♡

上記写真=韓国で撮影した「ひさみさん」**のアー写です。
=Sammyのうばじゅ便『May 17, 2010記事〜ハセオ通信』参照。)
**=Sammyの別クレジット。「ハッピーソング」担当w。)

a0024528_9355079

 

 

あら、
よろしくてよ?
ひさみさん♡



(@▽@)….あ!

 

もとい。

 

先週、岡山(廣榮堂倉敷店)で購入してきていた
バレンタイン限定販売のショコラ大福(きびだんご風)を
シノブさんとミツエさんにお供えしときましたが。

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シノブさん、ミツエさん、
これでもうちょいお待ちいただけるかしら♡

 

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いいわよ♡

 

 

(違うでしょっ!!www)

 

 

薩摩有馬 VS 京都角倉《前編》

はい、、、

2014年1月10日12時35分
じーちゃんがばーちゃんのもとへ
旅立ちました。

 

そう。

4年前の今日、*1
*1 Sammyのうばじゅ便〜2010 1/28記事参照。)

一足先にばーちゃんが
天国行きのバス*2
乗っていったんですけど
*2 デンベエさんの追悼はまた追って。)

 

で。

ばーちゃんのお葬式の時は
じーちゃんが喪主をつとめたのですが*3
*3 Sammyの裏じゅびん〜2010 2/4記事参照。)

実際、じーちゃんは
それがばーちゃんの葬式だと
理解しているわけではありませんでした。

というのも、
じーちゃんとばーちゃんは
晩年は二人そろって
認知症を患っておりましたから。

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帰鹿するたびに私は
つくづく感じておりました。

人は死への恐怖から逃れるために
ボケちゃうのかもしれない 

・・・って。

まぁ、この二人に限っては
「二人お揃い」ってのを
貫きたかっただけなんじゃないか
とも思ってみたり…ははは….

 

そう。

二人はとっても仲良しでした。
毎晩手をつないで一緒の布団で寝てました。

ほんと、二人の間に入っていけるのは
猫ちゃんたちぐらいだったんじゃないかと。

(ここから長くなりますのでお茶など片手にどぞ。)

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さて、ここからは遠慮なく、、、、

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シノブ(じーちゃん)   ミツエ(ばーちゃん)

ぬあぁぁぁぁぁ!!!(↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑)
(似とる...とくにミツエが…)ボソッ、、、

も、、、、もとい(^^;)、、、

二人とも大正7年(1918年)生まれの
午(馬)年でした。

もっともシノブの方はアメリカ生まれなので
干支という概念があったかどうかは
不明なのですが、、、。

ーえと、、、。

 

えと、,,, 順を追って説明しますね。

まずはシノブ側から。

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シノブのとーちゃん、つまり、
ヒサミのひぃじーちゃんは
明治16年(1883年)に
薩摩のお武家さんの家に生まれました。

17歳のときにアメリカに渡り、
以来25年間もの間日本庭園を造る
庭師の仕事をしておりました。*5 

*5 「Sammyの放浪記」内 さくらまつり記事もちらり参照。)

ー 略 ー

そうこうするうちにシノブが生まれ
シノブが7歳だか8歳だかになった頃
日本(鹿児島の伊集院)に戻るのです。

カキカキ…
*おそらく第2次世界大戦勃発を危惧して、、、
、、、のことだと思いマス

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IMG_2105

一方、ミツエは、
シノブの生まれた3ヶ月後に
京都の名門「角倉家」の分家に
生まれました。


*ミツエは京都の豪商「角倉了以(すみのくらりょうい)」*6の末裔にあたります。

Statue_of_Ryōi_Suminokura
*6 Wikipedia記事〜角倉了以参照。)

 

ミツエは幼い頃、いわゆる
公家系の旧華族様の諸事情により
比較的裕福な薩摩の地主系である
「瀬戸山家」の養女となってます。

当初はその気位の高さからか
瀬戸山家の暮らしに馴染めず
周りからおとなしい性格だと
認識されてたみたいです。

、、、んが。なんのなんの。

小学校にあがってからは
木登りをしたりその辺を走り回ったり
徐々に「お転婆さん」の才覚を
あらわしはじめます。

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そんなある日、
ミツエの通う小学校に
遠い外国からシノブという男の子が
転入してきました。

当時の子供たちは
「男女ともに袴に裸足」という
スタイルが主流だったのに対し

シノブはブラウスに蝶ネクタイ、
そしてサスペンダー付きのズボン、
ソックスに革靴といういでたちでした。

目の色こそ青くはなかったのですが
周りは坊主頭という中で唯一の七三分け
あろうことかポマードで整髪され、
てっかてかに光ってたらしいです。

ミツエはいきなり目の前に現れた
そのアメリカかぶれなシノブを見るなり

「わっぜぇよかぶっせぇ!」とひとこと。
(鹿児島弁で「何よ、かっこつけて感じ悪い!」の意。)

次の日の朝に、しれっと
廊下にぬかみそをばらまいて
見事、革靴のシノブを滑らして
大喜びします。

あれ?

 

うふふ。
聡明な皆サミはもうお気づきですよね?

ー 好きなコにちょっかいをかける的な?!

そうなんです。
実はミツエはそんなシノブ
ひとめ惚れしてしまったのです。

 

はいからさん。
まさにそんな感じだったんでしょうね。

haikarasan

【大和和紀著「はいからさんが通る」より】
(きゃー♡少尉〜〜〜!伊集院だし^^忍だし^^♡)

 

もとい。

一方、シノブの方はというと
残念ながら当時ミツエに全く興味を示さず、、、。

それが何とも気にくわないミツエは
ますますシノブに喧嘩をしかけるようになり
二人はみるみる犬猿の仲になっていきます。

そんなこんなで時は流れ、
ミツエは女学校へ、シノブは一高へ。

そう。
二人は一旦離ればなれになるんですね。

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んでもって月日は流れて・・・。

ミツエは女学校を卒業し、
職業婦人として働いておりました。

年頃になってもミツエのお転婆ぶりは健在で
この時代の、しかも薩摩という地で
真っ赤なミニスカートをはいて
さっそうと街を歩き回っていたそうです。


さすが、はいからさんっっっ

 

そんなある日。

やはりミニスカートで歩いていたミツエに
後ろから声をかけてしまった
イケメン男性がおりました。

はい。そうです。
それが、シノブだったというわけです。

でもここだけの話ですが
ミツエは、いわゆる
振り向かないで美人(脚美人…?)」、、

(あーん。ごめんなサミwww 私はミツエが大好きよ〜〜〜!!)

 

シノブは、ミツエが振り向いた瞬間に
あいた、しもた!(あちゃー、しまった!)
と思ったらしいです。

が、とりあえずアメリカ人気質のせいか
一応は礼儀として
喫茶店に誘ったらしいです。
(それがミツエだとも気づかずに、、、)

で、向かい合って言葉を交わした瞬間に
とうとうミツエが気づきましたっっっ!!

 

ー 「おまんさあなシノブさんじゃなかけ?」
(あなたはもしかしてシノブさん?の意。)

←シノブ。

 

そんなこんなで、
一瞬で若き日の想い出が蘇り
ミツエの猛アピールにより
めでたく二人は結ばれた・・・
っちゅーわけで。

     

*******************************************************************************

ふむふむ、、、
 大正ロマンか、、はたまた昭和モダン、、?
いずれにせよ、ドラマティックですよね。

 

で、今回の本題です。

やっと本題すか、、、

 

 

ー 薩摩有馬 VS 京都角倉。

二人は結婚後も
仲も良かったのですが
喧嘩も多く・・・(^^;;;;;;;;)……

なんせ片方はお公家さん、
もう片方はお武家さん、、、

ええ、二人ともプライドの高さは
チョモランマ級でございます。

ひとたび喧嘩がはじまると
自分たちのプライドをかけて
家柄etc.を競い出すというのが恒例でした。

先制攻撃はだいたい
ミツエだったらしく、、、

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ー「ごぶれさぁな!あたいがどん角倉家はお公家さんじゃっど〜!!」

とまずはお決まりの印籠を差し出します。

 

一方、シノブはというと、
アグレッシブな血統で対抗します。

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ー おいんげぇはレボリューションな家系じゃしと。

 

そう、英語混じりでインテリをアピールしつつ
シノブのとーちゃん(寅太)の
アメリカでのアグレッシブな武勇伝にはじまり

シノブのじーちゃん(つまり寅太のとーちゃん)と
シノブのひぃじーちゃん(つまり寅太のじーちゃん)が
揃って西南戦争に出陣したという
アグレッシブなエピソードを持ち出します。

カキカキ…

*ちなみに幕末アグレッシブ代表ともいえる
薩摩藩士の有馬新七さんとも親戚みたいです。
(伊集院のお墓が同じ敷地内です。)

さらにさかのぼって久留米藩主や
有馬温泉の播磨藩主etc.、、、
(ちょっと怪しいw)

しまいには飛鳥時代にまでさかのぼって
「藤原鎌足」に無理矢理つなげた家系図
を持ち出してきます。
(だいぶ怪しいwww)

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するとすかさず
「もしもシノブにナンパされてなかったら」
という切り札を差し出すミツエに対し、

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「振り向かないで美人」
の件を持ち出してくるシノブ。

すると、

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ー あたいがかごんまでいっばんはっめにミニスカートを履きもしたと。

(鹿児島で一番最初にミニスカートを履いたのは私、の意。)

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ー うんだもしたん。おいが日本でいっばんはっめにトメイトーも

ポテイトーも食ったたっが。
(日本で一番最初にトマトとポテトを食べたのはワシじゃ、の意。)

と、家柄はもはや関係なくなって
ただの夫婦喧嘩に突入、、、

 

ー あたいんげぇ、、、

ー おいんげぇ、、、

 

ええ。なんのことはない。
ただの仲良しさんだったのでした♡

 

カキカキ…

ちなみにミツエがシノブにナンパされたとき
ミツエは有馬家よりも由緒正しいお家に
嫁ぐことが決まっていたらしいのですが

それを覆したのは他ならぬ
ミツエ本人だったので
ミツエもそのへんはあまり
深く掘り下げなかったみたいデス。

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「薩摩有馬 VS 京都角倉」《後編》につづく。

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